黒帯〜極真空手の黒帯になるための徹底ガイド〜
悔いなき戦いを終えた瞬間の感動。武道カラテの至境は感動の美学だよ/大山倍達総裁
 
 
 極真空手・極真会館の雑学

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 極真空手史上最強の男は誰だ?

「極真空手」の長い歴史の中で誰が一番強かったのか?
これは極真空手を修行している方はもちろん、その以外の方でも興味がある方がいるでしょう。
もちろん、時代が違う、直接戦ったことがない人を比較するのは無理がありますが、大山倍達総裁や極真空手の伝説の空手家達の言葉から、紐解いてみたいと思います。
ここでは、極真空手黎明期からあえて4人に絞らせて頂きました。



春山一郎(有明省吾)


春山一郎(有明省吾)


『当時の道場生で、一番印象に残っているのは何と言っても有明省吾です。
本名を春山一郎というんだが、彼のように強い人はいなかったよ。
万一いたら、これは世界チャンピオンになれる。
体は185cmぐらいで、体重は80kgぐらいあったのだが、動きがもの凄く速い。
体格的にはいまの八巻や七戸ぐらいだが、速さや強さは比じゃないよ』  
大山倍達総裁・談

『三瓶啓二はもちろん強い、三連覇を成した。
しかし同じ三連覇を成した者でも三瓶と松井章圭のカラテは違う。
三瓶のカラテは、肉を斬らせて骨を断つ戦法だ。
松井のカラテは知的な動きをする。
計算で動く。
この違いがある。
だが、計算もできるし、肉を斬らせて骨を断つ戦法もできるのが春山一郎だったような気がする。
彼は私に言わせれば、百年に一人、一世紀に一人しか出てこない人間だ。
今日みたいな全日本大会があったならば、彼は間違いなく連続優勝しただろうね』  
大山倍達総裁・談

『春山一郎くんは、大山茂くんが入ってきた後だから、昭和36年頃じゃないかと思うけど、あの頃は高校生だったのかな。
ニキビ面でね。
わりと長身でトッポいところや茶目っ気もあってね。
『空手バカ一代』ではものすごくまじめな好青年として書かれていたけど、そんなことはない普通の少年だよ。
聖人君子でもなんでもない。
だからこそいいんだよ。
最初の頃なんてカサにかかっていたようなところもあったけど、「ちょっと来い」なって言うと逃げ出したりとかね(笑)。
彼は大山先生も買っていたように、空手のセンスは抜群だったね。
だけど、本当に未完成のうちに事故で死んじゃったからね。
たぶん、あいつがそのまま成長していたら、いい空手家になったんじゃないかな。
残念だよね。』  
石橋雅史氏・談






大山泰彦


大山泰彦

『泰彦の方が春山よりいくらか上じゃなかったかな。
大山道場時代では大沢昇と泰彦、この二人が一番だったろう。
泰彦は速かったし、うまかった。
まあ、強さというものは相対的なものだから一概に決めかねるが、その全盛期に於いて他の誰よりも技が切れた、ということで言えば文句なしに泰彦だな。』  
黒崎健時氏・談

『泰彦師範と春山先輩の対決は、フットワークを駆使した出入りの素早いスタイルである泰彦師範と、春山先輩のパワーで押すスタイルの、技と力の対決となって見応えがあった。
お互い負けず嫌いでムキになるから、いいライバルだったんじゃないかな。』  
郷田勇三氏・談

『泰彦先輩の組手は、他の人たちと違い、相手の後ろに回り込み引っ掛けて倒したりするのです。
体の柔らかさと天才的な閃きがあった先輩ですね。
華麗といえば華麗な組手なのですが、その中に天才性を秘めていました。
人間には泰彦先輩のように持って生まれた天分というものがある人もいることを知りました。』  
盧山初雄氏・談

『大山泰彦先輩こそ「真の天才」だっただろう。
大山総裁自ら泰彦先輩の組手は天才的だと絶賛していたほどである。
もちろん私にとって、泰彦先輩は雲の上の存在だったということはいうまでもない。』  
磯部清次氏・談

『大山泰彦先輩と山崎照朝先輩。
この二人が極真カラテが輩出した代表的な天才ですね。
泰彦先輩の空手に対する理論と、全体の動きそのものが天性のもので、他人が真似できるような次元ではありませんでした。』  
大石代悟氏・談






藤平昭雄(大沢昇)


藤平昭雄(大沢昇)

『彼の強さは親指と人差し指の2本で逆立ちをして道場を歩いたことでもよく分かる。
それができるということは、二本の指で天井の桟(さん)をつかんで自分の体重を支えられるということだ。
なによりも稽古熱心で、始めると7 〜 8時間、多い時は10時間続けて稽古した。
いつも夕方の4時頃に道場へきて、稽古を始めると、筋肉が次々と運動を要求して止まらない。
時には夜中の1時くらいまで、ぶっ続けに稽古していることがあった。』
大山倍達総裁・談

『大山道場時代では大沢昇と泰彦、この二人が一番だったろう。』  
黒崎健時氏・談

『藤平には組手でも思い出があってね。
司法試験の受験で長く本部道場から離れていて、久しぶりに行ったんだよ。
なんだかんだ偉そうなこと言っている奴多いけど、一番強いのは日々稽古している現役だと思ってはいたが、そうしたら他の奴らとの組手を結構こなしてしまったから『これは行けるかな』と思ってね。
藤平に『やろう』って言ったら、やりたくなさそうな顔してんだよ。
『まあ、いいから』って始めたら、ドカーンって来て、一発やられて羽目板まで吹っ飛ばされたんだから。
藤平の偉いところはコントロールしてあえて倒しにこなかった。』
大山泰彦氏・談

『これまでに出会った格闘家のなかで最強だと思う人物を一人あげるなら、私は迷わず藤平昭雄君と答えるだろう。身長160cm強しかない私よりも小柄な体だったが、彼ほどすべての面において強いと感じた人物はいない。』  
郷田勇三氏・談







ヤン・カレンバッハ

ヤン・カレンバッハ

『カレンバッハは顔面と金的を十分カバーした構えのまま、ジリジリ攻め寄ってくる。
私はその度に少しつづ後ろへと押され、道場の壁まで追いやられた。
もうこれ以上あとがないと知るや、苦しさのあまり攻撃をしかけるのである。
捨て身の攻撃というのだろうか。
このような状態の中での攻撃など、とてもではないが相手にきくはずがない。
突いても蹴ってもまるで歯が立たない。
その上、後屈立ちに構えた前脚からちょこんと蹴られるだけで、身体が大きくのけぞり、さらに左右の正拳突きまるでピストン運動のように連続してくる。
まるでサンドバッグとなり、彼の攻撃をもらう度に息がつまり、立っているのさえつらい。
私は3、4回 “参った” をした。
本部道場指導員として、まさに世の春を謳歌していた私が空手道に対する理念が根底から崩れ、自分の修行まで左右するような大疑問をもつこととなった瞬間でもあった。
しかし、彼と組手をしたお陰でどうすれば自分より大きい人間を倒すことが出来るか、本当の空手道の強さを目指すきっかけとなった。
カレンバッハには試合のルールを超越した強さがあった。
私が歴代の外国人カラテ家で、ナンバーワンを挙げるとするならばやはりカレンバッハだ』
盧山初雄氏・談

『最高の外国人選手はカレンバッハでしょう。
あの選手が極真に残っていたら本当に面白かっただろうね。
相手にする時は大変だった。
僕とか藤平君なんかは小柄だから、飛び込んで金的蹴りしかなかった。
カレンバッハは相手の呼吸にあわせ、技を出すのが上手だった。
頭が良く研究家でもあった。
得意の右ストレートと足払いでみんなやられていたね。』  
加藤重夫氏・談



●参考書籍・転載書籍
・ダイナミック空手
・空手バカ一代
・極真空手強豪100人







 
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